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AS, I go along -ワタシと永劫共にあるソレ-

この文章はもともとはまったく別のBlog(無駄にいくつも持ってるんです・笑)のために書いたものですが、そちらのBlogの話題に合わなかったので、没にしたものに若干手を入れてアップしております。
 フツウの人に、ワタシ個人の状態(下線部大事)を知って貰うには、ちょうどいいかなー? と


 はい。えー。
 私が生まれつき持っているものについては、現在では『脳の情報処理がおかしいのではないか』という説がございます。
 (ちょくちょくどんな説が主流か変わるので、この程度の説明にしておきます・笑)

 まず一個は、情報そのものが脳に入ってない可能性。
 もう一つは、入った情報が正常に仕分けされていない可能性。

 今では『カクテルパーティー効果』としてよく知られていることですが、人間の耳(脳?)は、自分のニーズに合った音を上手に篩い分けしています。人が多いところで会話ができたり、好きな音楽は敏感にキャッチしたりとかですね。
 雑踏で録音したものを聞くと、その場にいるよりうるさく聞こえるのは、そういうフィルターが掛かっていないからです。
 その辺の仕分けが、視覚・聴覚・触覚・身体感覚etc. ……とにかく、うまくいっていない、という説。

 要は目の前の人に『おうかさーん』と呼ばれていても『あ、自分の名前だな』→『あの人は私に用があるのか』→『返事しなきゃなー』という回路が動かない

……動いてないらしいということに気づいたのは高校の時で、それ以来リアルで遊ぶ友達とかには『返事してなかったらド突いて』とか言うようにしてますが。(逆に身体感覚の方は過敏なので、つつかれると体調の悪いときには吐き気がしたりするのですが、まあ無視してると思われるのとどっちがいいかって言われるとそれはーなんで……)
 これは符号とかにも至りまして、赤信号を見て、『赤い光だなー』→『止まれってことか』という判断ができない。……いや日頃はできますが。周囲の人が立ち止まってるのを見てやっと理解した、ということもあり……

 視界を狭めるゴーグルをはめているようなもので(狭まっているのは判断力ですが)、上手く拾い上げることができて、かつ理解できた数少ない材料=情報から判断しなくてはなりません。そのために、引っかかったものはよく記憶して何度でも使うくせがついているわけです。

 問題は、理解……というか解釈が間違ってる場合ですけどね(笑)


 一番ひどいそれが、『コミュニケーションの障害』と呼ばれるものです。
 程度がひどいんじゃなくて『これはひどい』的な意味で(笑)

 目の前の相手が、顔筋動かしてるのが、笑ってんのか怒りでひくついてんのか顔の運動してるのがわからない。
 まあ笑ってるんだと判断できたとしても、その次はそれが面白くてなのか皮肉なのか嘲笑なのかわからない。
 相手が高い声を出してるときに、それが叱責なのか歓声なのかわからない。
 更に言うと、それらが誰に向けられているのかがわからない。

 というか、顔の筋肉の運動や声の高さに意味があるということが十歳ぐらいまでわからなかった。(そこはわかっとけ)


 そして、一旦『意味がある』と刷り込まれてしまえば今度は、……ほら、人間って意味もなく甲高い声出しちゃうときとかあるじゃないですかー そういう例外がわからない。


 まあそんなわけで、私の書くものは、雰囲気を描写することはできても熱気とか感情の爆発を描くのがへただ、と言われます。
 あと、人の言葉を真似するのが好きなのも、このあたりの習性でしょうか。


 また、何を話していても理屈が出てくるので、『分析が好き』と評されることがありますが、それは正確ではありません。
 私にとって物事は、認識と同時に自分なりの解説が成されているものなのです。
 息を吸うことを好きとか嫌いとか言ったりしないのと一緒で、切り離せないものだ、ということです。

 まぁツボにはまれば便利だけどドツボにはまればなかなか戻って来れないよね、って言う


 理解できないものは認識できません。なので、隠されたところがあるものについては不安を感じます。
『いい子にしてればご褒美があるよ』とか『サプライズパーティー』とかもう、、、、 なんでオトナはそーゆーの無条件にコドモが喜ぶと思ってるんでしょうか(笑)

 小さい頃はぼかしてある童話なんかも怖かったなー。『判らないのが納得いかない』とか『すっきりしなくて腹が立つ』とかじゃなくてねー、怖いんですよ。夜にお墓通るのと一緒。
 人間とゆーのは理解できないものに根源的な恐怖を感じる生き物らしいので、ある意味人間としては正しいのかもしれない……。

 あ、でも今は、そーいうのが『芸術』だというのも理解しているので、……というか、『そういうのが芸術だという理解』が一つ把握内容に加わったので、それはそれとして楽しんでますよ(他の人と同じ楽しみ方をしてるかはわかんないけど)。
 『その後』を自分なりに妄想してみたりねー

テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム - ジャンル : 心と身体

コメント

はじめまして

読ませていただきました。すごい自己解析ですね。
きっと、現在は表面上表れていない部分を解析されたことと思います。
よかったら、ひとつ教えてください。ご自分の特性(他人との違い)を、どのように調べられたのでしょうか。簡単に説明できることではないと思いますので、そのうちのひとつだけでも。
アスペルガー関連の本を読んでも、そのまま自分に当てはまるものはなく、自分の特性をつかむのにかなり苦戦しています。
今後ともよろしくです。

>climbmasa(まさ)様

はじめまして、こんなギャルギャルした(笑)ブログにお運びいただき、ありがとうございます。

自己分析のしかた、ですね。
本文中に書いた通り、私は認識したことにはすべて、理屈をつけてしまうので、そのせいで……と言ってしまえばかんたんなのですが、
では、どうしてそういうクセがついたのか、また、どういう理屈で納得したのか、ということをそのうち書いてみようと思います。

>本を読んでも、そのまま自分に当てはまるものはなく
 これは私も感じたことです。まさ様のブログにも伺いましたが、一人として同じ特徴の仲間はいない、これはASと生きる人間が誰しもうなずくことだと思っています。
 なので、私は「この本のこっちとこっち、あとあの本のあそことこのへんが、自分のことを言ってる」と、パーツに分解して受け止めるようにしていますね。
 性質だけでなく、対策などにも言えることだと思います。とはいえ、まだまだ自分に合ったライフスタイル、というものが完成できていないのですが……。

初めて来てみました。

こんにちは。mixiから辿ってきました さくやです。
全部の記事を読みましたが、一番印象的だったこの記事にレス
残したいと思います。(古い記事にレスしてごめんなさい)

赤信号わかんなくなるよね!
でも、誰にも理解して貰えないと思って、真面目には話したことが
ありませんでした。
周りの人が止まってるから、不思議に思って止まるんだよねー。
後、電話の音も苦手です。出なきゃいけない音だって認識が出来ないのです…。

でも私は、そうなった時でも「疲れてるのかな?」「たまたまだよ」と自分に
言い聞かせて 見なかった振りをしてきました。
だから、おーかさんは自己観察・分析ちゃんとしてて、偉いなぁ と思います。

幸い私は、絶対に自分を裏切らなく好きでいてくれる と感じる人に会えて、
併発していたパニック発作含めて 大分軽減し、ギリギリのところで
なりたっていた日常生活が、多少の努力でなんとかなるようになってきました。
(あぁ、でも「お母さん」としての生活は、まだ全然ダメだけど…)

「フツーが出来ない人」でなく、そういう風に感じる・動く人もいるって認識して
もらえるとちょっと楽ですよね。難しいですけど…

(何が言いたいのか良く分からなくなってきた)
自分のライフスタイルって、出来ることを少しずつ模索しながら積み上げて
いくしかないのかな と最近思うようになってきました。
えーと、とりあえず、人生長いんだし、お互いぼちぼちやっていきましょー。
コンゴトモよろしくお願いいたします。

ありがとー

>さくさく

 コメントありがとー+読んでくれてありがとー(笑)

> でも、誰にも理解して貰えないと思って、真面目には話したことが
>ありませんでした。

 これ、重いよねえ……
 私がこうやって分析するのは、わからないものは怖いのがひとつ、
 もう一つは、他人と違うようにできてるんじゃなければ、ただの怠け者になってしまうじゃないかという気分がもーひとつなんですね。
 他人とはつくりが違うことを証明しなければ、まるで悪事をはたらいているような気がしてくる自己否定。
 親にも周囲の大人にも、または近しい人にも「そんなのおかしい」「ありえない」と言われ続けてましたから……

 自分を肯定する手段が、『言い訳』にもとられそうなこんな手段しかないのは、寂しいことだと思ってもいます。

 それはそれとして、ふつうの人と違う感じ方の自分が存在していることは、ある意味『面白い』と思っている私もいます。

 その両方が後押しになって、今こういうネタでブログを書き始めているわけです(笑)
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